廻船問屋・船宿の時代から百余年。美保館には、政治家、文人、学者、画家など、多くの方々が足を運ばれました。館内には、その方々が残した書や画、手紙が今も大切に受け継がれています。
伊藤 博文
1841〜1909年 初代内閣総理大臣
書「水廣則魚遊」廻船問屋・船宿の時代に来訪。海を眺めて書かれた一節は、広い心で物事を捉えることを説く故事成語です。
乃木 希典
1849〜1912年 陸軍大将
書簡「薄謝」美保館での滞在の際、館主に宛てたお礼の手紙が残っています。
犬養 毅(木堂)
1855〜1932年 第29代内閣総理大臣
書「積實」積実 微か也と雖も 必ず物を動かす
「憲政の神様」と呼ばれた政治家で、書家としても知られます。当時の館主・定秀寛一の子に贈られた言葉です。
中曽根 康弘
1918〜2019年 第71〜73代内閣総理大臣
書「志は天下にあり」若き日に残された書です。
高浜 虚子
1874〜1959年 俳人
書「花鳥諷詠」ほか作品多数遊船を 見るともなしに よし戸越し
正岡子規に師事し、「ホトトギス」を率いた俳句界の巨星。美保関に何度も足を運び、美保館にたびたび逗留しました。昭和7年夏には、本館から葦戸越しに眺めた美保関湾を詠んでいます。
湯川 秀樹
1907〜1981年 物理学者 日本人初のノーベル賞受賞
書一筆を 書かねば通さぬ 美保関
滞在の折、女将に一筆を乞われて詠んだ一句です。
島崎 藤村
1872〜1943年 詩人・小説家
紀行文『山陰土産』山陰を旅した紀行文『山陰土産』に、美保館のことが記されています。
徳川 夢声
1894〜1971年 弁士・俳優・随筆家
書しとどなり 青石畳 秋の雨
「話術の神様」と呼ばれた多才な文化人。青石畳通りを当館の間から眺めて詠まれた一句です。
徳富 蘇峰
1863〜1957年 ジャーナリスト・思想家
書「福」『國民新聞』を主宰し、大著『近世日本国民史』を著しました。
平塚 運一
1895〜1997年 版画家(松江市出身)
版画「関の五本松」2点近代創作版画運動を担った一人。美保館の定秀和子と親交があり、たびたび宿泊しました。名勝・関の五本松を描いた作品が残っています。
寺田 政明
1912〜1989年 洋画家
作品「鯵」「池袋モンパルナス」の中心人物の一人。来館の折に描かれた作品です。
青木 大乗
1894〜1979年 日本画家
作品「関の五本松」民謡にもうたわれた関の五本松越しに、帆船が浮かぶ美保湾を描いた作品です。
大正から昭和にかけて日本の漫画界を牽引した漫画家たちが、「山陰漫画の旅」で美保館に宿泊。そのときの寄せ書きが残っています。
池部 均(1886〜1969年) 岡本太郎の叔父、俳優・池部良の父 / 前川 千帆(1888〜1960年) 日本版画協会の創立メンバー / 宮尾 しげを(1902〜1982年) 民謡・民俗芸能の研究家としても活躍 / 小野 佐世男(1905〜1954年) 漫画家・画家・随筆家
「現代漫画の父」と呼ばれた岡本 一平(1886〜1948年)の作品「大社詣で」も館内に展示しています。